タイドライン・ブルーの世界について

−ドゥーラ・ヴィーラなど舞台装置に関しては随分とアイデアを出されたという話ですが
小澤:ドゥーラ・ヴィーラは前々から「サブマリン707」で使いたいと思っていたアイデアです。その機会がないまま温めてきたアイデアなので、むしろこの作品で使ってもらえればいいなと思って提案したアイデアです。
僕が思った以上に反応が早くて、すぐ採用していただけだので、ますます意欲的にアイデアを出させていただきました。
−ラストシーンのアイデアを頂いたときには、プロデューサーや監督は「これで、最後は決まった」と思ったそうですが
小澤:急に思いついたわけではなく、自分の中ではずっと考えていた事だったんですけれどね。実はこの話をもらって、ここで使えるのかな、という気はしましたね。
ラストシーンから、この作品に入ったようなものかもしれないですね。提案もラストシーンから、こんなのどうですかという感じでした。
−最初は、とてつもない力で地球の水が抜かれる話を飯田監督が考えていて、それに対して、逆に小澤さんが水没させるという話を提案されたということですが
小澤:最近の不透明な世相や世界情勢を見て、無責任に「もう、そろそろ地球も作り変えなきゃしょうがないんじゃないか」という思いから来ているアイデアですね。
現在でも、際限なく終りの見えない争いというものがいくつあるんだろうって思った時に、地球をブルーに塗り上げてしまって、そこから出直せたらという空想ですね。一瞬のうちに地球が水没したら、一体どのくらいの人間が生き残れるんだろう、なんて想像したりとか、その辺は話をしながら生まれてきた部分ですね、
一見、監督の意見に逆らった意見でありながら、地球をもう一度新しい世界を構築するためのスタートラインに戻してしまおう、という意味では共通の発想だと思います。
そこは暗黙の理解の上で話し合いをしていたんだと思いますね。
今思うと干からびた地球というのも面白かったかもしれないですね。ドゥーラ・ヴィーラは地中に残された海みたいな考えもあったなあと思います。ただ風景として悲惨すぎるような気がしますけど。
青い海と青い空が水平線も定かでなく混じりあって透き通るような海があって、そこについこの間、60億を超える人命が飲み込まれていった。それが全くウソのような澄み切った状況の中で、新しい地球再生への生き残りをかけて、さらにもう一度世界を構築し直そうという意欲がある。そこには単純な意欲以外に、この際だからと覇権を求めて支配者たらんとする意欲もある。せっかく命を拾った人間の中にも一体、何を考える人間が何種類いるのかな、と。
そういう事を空想していて楽しかったですね。
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